
「この子、もう無理です」──そこから始まった育成の話
※この記事はオンラインサロンの内容を元に作成しています。
ある日、営業部のマネージャーからこんな依頼が来た。「一人、引き取ってほしい」。
第2新卒で入社して3ヶ月。重要顧客に「できます」と言ってはいけないことを約束してしまい、社長と上司の雷が落ちた。営業部としてはもう手に負えない、うちで面倒を見てくれ、という話だった。
正直に言うと、最初は困惑した。Webの現場は余裕があるわけじゃない。しかし引き受けることにした。理由はシンプルで、「Webの仕事には、人を立て直す力がある」と確信があったから。
読んで欲しい人
- Web担当者を抱える中小企業の経営者・マーケティング責任者
- 問題社員・扱いにくい部下を抱えて困っている管理職・育成担当者
- 自分に自信が持てず、仕事でなかなか成果を出せていると感じていない若手Web担当者
目次

なぜ、これまでのやり方では成果が出なかったのか?
彼女が最初に抱えていた問題は、スキル不足ではなかった。
ExcelやWordはギリギリ使える。でも仕事になっていない。なぜか。
観察してすぐ気づいた。いろんな人からいろんな指示が飛んできているのだ。営業部の残務もある。Webチームのメンバーからも声がかかる。入って日が浅い彼女には、何を優先すべきかの判断軸がそもそもない。指示が多いほど、混乱が深まる。ミスが増える。また叱られる。その悪循環。
社会人経験が少ない人間に複数の指揮命令系統を当てると、認知の段階でエラーが起きる。ヒューマンエラーの発生順序は「認知→判断→行動→情動」の順だ。ほとんどのミスは最初の「認知」フェーズで生まれている。つまり、情報の受け取り方を変えない限り、何を教えても意味がない。
「私を通してください」──その一言が環境を変えた
まず手をつけたのは、スキル教育ではなかった。
Webチームのメンバー全員に伝えた。「彼女に直接指示を出さないでください。何かあれば必ず私を通してください」。営業部の残務についても同様。窓口を一本化した。
これだけで、彼女の表情が変わり始めた。
「次に何をすれば良いか」が明確になった途端、人は動き始める。混乱から解放されると、余白が生まれる。その余白に、初めて「学ぶ」が入ってくる。
「なるほど」の瞬間──EC商品登録から始まった自己効力感
最初に任せたのは、ECサイトの商品登録と受注処理だった。
地味な作業だ。でもこれには意図があった。Webの世界は間口が広い。デザイン、ライティング、プログラミング、分析。どこから入っても迷子になれる。だから初期に「いいとこ取り」をしてはいけない。一つのことを繰り返し、小さな「できた」を積み重ねる。それだけでいい。
商品を一件登録するたびに、彼女の顔が変わった。「これ、ちゃんとできました」という小さな達成感。それが積み重なるにつれ、自分から「次はどうすればいいですか?」と聞いてくるようになった。
これがエフィカシー(自己効力感)の芽生えだ。他者との比較ではなく、昨日の自分との比較で「できた」を感じる。Webはその「小さなできた」を量産しやすい構造を持っている。
3ヶ月後──「戻してほしい」と言った男の話
HTML、CSS、Photoshop。徐々にスキルを広げ、メルマガも書けるようになった。「Webの仕事が楽しい」と言うようになった頃、彼女はEC部門の店長を任せられるレベルになっていた。入社から半年も経っていなかった。
そこへ、例の営業部のマネージャーから連絡が来た。「彼女を戻してほしい」。
即座に断った。「ふざけんな」と正直に言い返した。
これがこの話のオチであり、本質でもある。問題人材が価値ある人材に変わる瞬間を、最初に見捨てた部門が欲しがる。人材育成の皮肉な真実だ。

この項のまとめ
正直、最初は断ろうと思いました。でも「問題がある」と言われた人間が、本当に問題なのかどうか、自分の目で確かめたかった。引き受けてみたら、問題は彼女じゃなくて環境だった。それが分かった瞬間、やるべきことが見えた。人を「使えない」と判断する前に、自分の環境設計を疑うべきだと、今も強く思っています。

プロが新人を見るとき、最初の3秒で確認する「たった一つのこと」
「どうやって育てるか」より先に、「何を見るか」がある。
僕が人材を引き受けたとき、スキルチェックはしない。まず見るのは情報の流れ方だ。
その人が「誰から、何を、どういう順序で受け取っているか」。ここを最初に整理しないと、どんな研修も手順書も意味をなさない。
教科書の正解と、現場の正解の乖離
人材育成の教科書には「OJT」「メンタリング」「段階的な目標設定」と書いてある。間違いではない。しかし現場で最初にやるべきことは、そこじゃない。
現場での優先順位はこうだ。
① 指揮命令系統を一本化する
② 最小単位の「成功体験」を設計する
③ 結果が見える業務から始める
この順番を守らずに教育を始めると、何を教えても「ノイズ」として処理される。脳が混乱状態にあるとき、人は新しい情報を受け付けない。
「一人の師匠に徹底的につく」という原則
Webは間口が広い。だから罠がある。
間口が広いということは、初期に「あれも学べる、これも学べる」という誘惑が生まれやすい。しかし初期の学習において、複数の師匠につくことは混乱を招くだけだ。
「学ぶ」の語源は「真似ぶ」という説がある。真似るためには、真似る対象を一つに絞ることが前提だ。
僕が新人に複数の指示者を排除した理由はここにある。教育論ではなく、認知科学の話だ。
「結果が可視化される」という最強の育成装置
Webには、他の業務にない特性がある。やったことの結果が数字で返ってくる。
アクセス数、コンバージョン率、売上。商品登録一件でも、受注処理一件でも、「動いた」という事実が記録される。
これは育てる側にとっても、育つ側にとっても強力な武器だ。リアル営業なら「なぜ売れたか」の検証は難しい。Webなら相関関係を見つけやすい。自己フィードバックが機能し始めると、人は自走する。
プロが現場で最初に設計するのは「教え方」ではなく、「どうすれば本人が自分で気づける環境を作れるか」だ。

この項のまとめ
僕が真っ先に見るのはスキルじゃない。「この人、誰の言葉を聞いて動いているか」です。指示の出所が複数あると、どんなに優秀な人間でも必ず壊れる。教育の前に交通整理。これをやらずに「育て方(教え方)が悪い」と言っている管理職を見るたびに、順番が逆だろうと思います。現場で最初にやるべきことは、教えることじゃない。

新人が伸び悩んでいるなら、まずこの7項目を確認せよ
「教えているのに成長しない」と感じるとき、問題は新人側にあることより、環境設計側にあることの方が多い。
勉強会でよく上がる質問を整理すると、悩みのパターンは驚くほど共通している。以下のチェックリストで、自分の組織の状況を確認してほしい。
□ 1. 新人への指示は、一人の人間に集約されているか?
「よくある間違い」:担当者、上司、他部門の先輩、全員から声がかかる環境を放置している。
指揮命令系統が複数あると、新人は「判断」ではなく「選択」を迫られ続ける。これは初期の育成において致命的だ。
□ 2. 最初の業務は「成功が確約できるレベル」に設計されているか?
「よくある間違い」:いきなり裁量を与えて「自分で考えてやってみて」。
初期の自己効力感は、「小さな成功の積み上げ」でしか生まれない。難易度の設計は育成担当の仕事だ。
□ 3. 結果が数字で見える業務から始めているか?
「よくある間違い」:資料作りや社内調整など、成果が見えにくい業務を最初に任せる。
結果の可視化が、自己フィードバックの起点になる。ECの商品登録でも、メルマガの開封率でも、何かが「返ってくる」業務から始めること。
□ 4. 学ぶ領域を意図的に絞っているか?
「よくある間違い」:「Webだからデザインもライティングも一通りやってみよう」と詰め込む。
居酒屋のメニューと同じで、多すぎる選択肢は価値を落とす。初期は「これだけ」という制約があるほうが、得意領域の発見が早い。
□ 5. 本人が「楽しい」と感じている業務があるか?
「よくある間違い」:楽しさを軽視し、「仕事だから好き嫌いは関係ない」と突き進む。
エフィカシーは「楽しい」という感覚から生まれる。他者との比較ではなく、本人の内側で「これ好きかも」が芽生えているかを確認する。
□ 6. 育成担当が「なぜそれをやらせるか」を言語化できているか?
「よくある間違い」:経験則だけで動かし、理由を説明できない。
新人は「意味がわからない作業」に対してモチベーションを維持できない。「ECの商品登録は、サイト構造を体感で理解するための入口だ」という文脈を渡すかどうかで、成長速度が変わる。
□ 7. 育成の進捗を「本人の変化」で評価しているか?
「よくある間違い」:スキル習得チェックリストのみで評価し、態度や発言の変化を見ていない。
「自分から質問するようになった」「表情が変わった」「楽しいと言い始めた」──これらは成長の本質的なサインだ。数字より先に人が変わる。

この項のまとめ
このチェックリスト、実は自分への戒めでもあります。僕自身も若い頃、あれもこれもと詰め込みすぎて部下を潰しかけたことがある。「教えたい」という気持ちが、相手にとってノイズになる。育成って、引き算の設計なんですよね。何を教えないか、何を今は見せないか。そっちの判断の方がずっと難しい。

「ふざけんな、と言い返しました」──120分の対話で見えてきたWebと人材の本質
静かに始まって、熱くなった夜
今回の勉強会は、静かなテーマから始まった。「Web界隈は人材開発の教科書だ」。
正直、参加者の反応は最初、様子見だった。人材開発とWebの接点。ピンとこない人の方が多かったと思う。
しかし伊藤が話し始めて10分も経たないうちに、空気が変わった。
「問題を抱えた新人を引き取ってほしい、と言われたことがあって」──そこから始まった実話に、参加者が前のめりになり始めた。
チャットが動いた瞬間
「なぜ、最初に教育ではなく環境を変えたんですか?」
この質問が最初に飛んできたとき、伊藤はこう答えた。
「ミスが多い人間に、まず追加の情報を与えることほど危険なことはない。認知の段階でエラーが起きているから、インプットが増えるほど混乱が深まる」
チャット欄が一気に動いた。「これ、うちの部下のことかもしれない」「今まで逆のことをやっていた」。
画面越しでも分かる、「あ、そういうことか」という空気の変化だった。
講師が一番熱を込めたのは、このシーンだった
セッションの終盤、「その新人さん、今はどうしていますか?」という質問が来た。
その答えの前に、伊藤はこう続けた。
「3ヶ月後に、戻してほしいって連絡が来たんですよ、元の部署から。最初に”いらない”って言った側が。……ふざけんな、と言い返しました」
笑いが起きた。しかし笑いの後に、静けさが来た。
誰もが同じことを感じていたと思う。──見捨てた側が評価するのを待つより、早く引き受けた方がいい。人の化ける瞬間は、最初に気づいた人のものだ。
それが、この夜の一番深い結論だった。
「体験」として語られる場
この勉強会は、知識を仕入れる場所ではない。
自分の現場で起きていることに「名前がついた」瞬間を体験する場所だ。「エフィカシー」「認知フェーズのエラー」「指揮命令系統の一元化」──どれも難しい言葉ではない。でも言語化されると、明日から使える。
孤独に現場で考え続けているWeb担当者や、正解が見えなくなっているマーケティング責任者にとって、「自分だけじゃなかった」という感覚が、次の一歩を軽くする。
それがこの場の、一番の価値だと思っている。

この項のまとめ
勉強会で「ふざけんな」の話をすると、毎回笑いが起きる。でも笑った後に、みんな少し黙るんです。その沈黙が好きで。「自分も似たことをやってきたかもしれない」という気づきが走っている瞬間だと思っている。人が変わる場面に立ち会えることが、この仕事をやっている一番の理由です。
必要だったのは「指揮命令系統の一元化」
「教えているのに育たない」なら、教え方より先に変えるべきことがある。
今回の勉強会で一番反響が大きかったのは、「新人を育てる前に、情報の流れ方を変えた」という話でした。スキルよりも先に、環境を設計する。これはWebの育成に限らず、すべての現場に通じる原則です。
──なぜ人は「わかっているのにできない」のか。現場の判断を狂わせる「認知のクセ」をどう外すか。
参加者の現場のリアルな悩みをベースに進めますので、「うちの場合はどうなんだろう」という疑問があれば、ぜひそのまま持ち込んでください。
編集後記
人が育たないとき、たいてい原因は「教え方」じゃない。情報の流れ方が壊れているだけだ。混乱している人間に情報を足しても、混乱が深まるだけ。まず環境を整える。それだけで人は動き始める。「どうせ自分には無理」と感じているなら、それは能力の問題じゃない可能性が高い。状況を変えれば、人は変わる。もし今、育成や自分自身の成長に詰まっているなら、一度話しかけてみてください。

講師紹介
株式会社ボンセレ 代表取締役
伊藤 祐介(いとう ゆうすけ)
❖ プロフィール
東京出身の“氷河期世代”。
身長182cm、見た目は大きめ、中身は細かめ。
公務員からスタートし、フレンチレストラン、築地魚河岸、ワインショップなど、業種も業界も超えて現場を経験。のちに広告代理店、EC支援、WEB制作へと軸足を移し、現在は複数企業のWEB戦略を支援。実務と現場視点に根ざした教育者です。
❖ 専門領域
WEBマーケティング/EC戦略立案
コンテンツ企画・制作
広告運用(SNS/検索)
顧客接点の設計とCRM支援
❖ 教育観・講義スタンス
「右腕は、育てることができる」。
人は“経験”だけでは変わりません。
変化するのは、思考のプロセスを鍛えたとき。
私は現場から、企画・広告・制作・接客・分析まで、すべての工程を実践してきました。だからこそ、「考えて動ける右腕」を育てるには、手を動かし、振り返り、問い直す場が必要だと考えています。
❖ 右腕育成にかける思い
「社長の想いを言語化し、現場に翻訳する存在」が右腕です。
単なるWEB人材ではなく、“経営を理解し、支える人材”を育てたい。
ひとつの強みを見つけ、自分にしかできない貢献の形を築く――
それが、このプログラムのゴールです。
❖ 私のルーツ
仮説実験授業(板倉聖宣 提唱)
科学的な思考法とディスカッションベースの学びに影響を受ける。プログラミングとの出会い
高校時代にBasicからスタート。VBAでの業務改善からWEB制作へ。
❖ 好きなこと
食べること・飲むこと・考えること。
最近のブームは激辛料理(ブートジョロキア)。
